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動じないメンタルとは

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面白い記事がFacebookで流れてきたのでシェアと補足。

メンタルが強い人がやっている5つの日課【勝手に実践編】 | ひらめき箱

この記事や元のライフハッカーの記事にある項目は、どれも自分を客観視することに通じる感じですね。

自分はどんな状態か、何を抱えているのか、これからどうすればいいのか。

で、最後の「責任を持つ」だけ異質なので、ひらめき箱さんでは

これはうそ。

責任という言葉は、失敗の尻拭いをさせたい人が思いついた概念だ。

失敗の責任をとるなんて本当はできない。だって、もう済んだことだから。

と、一刀両断されてますが、これはこれでちょっと違うんじゃないかなと思いました。

もちろん、失敗から学ぶことも、済んだことというのも、ある意味では正しいのですが、責任って多分そういうことじゃない。そういう責任は対外的なことであって、それとは別に自分に対する責任ってのがあると思うんです。

責任という語は、英語のresponsibilityに対応します。

語義的には反応responseする能力abilityのことですね。

これは7つの習慣からの考え方ですが、曰く、刺激と反応の間には選択の自由が存在すると。
刺激に対してどのような反応をするか、私たちには選ぶことができるというものです。

日々受け取る様々な刺激に対して、どんな反応を選ぶのか。それを自覚的に行うことが、つまり自分に責任を持つということなのではないかなと。

失敗したら、落ち込むのか、怒るのか、学びを探すのか、無視するのか。様々な反応の中から、自分はどう反応するのかを選ぶことが、たぶん強いメンタル、動じない心を養うための「責任」の意味だと、わたしは思いました。

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