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価値多様の世界で敗北感をバネにすることは難しい?

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こんにちは!フレッチ(@Fletch_LF)です!

坂口安吾の小説「不連続殺人事件」を読んでいて、ちょっと気になったところがありました。

私と王仁は作風が全然違っているから、私を悪く評する者は王仁をほめる。王仁にお点の辛い評家は私に高く採点する。というぐあいに、こういう立場の作家同士は徒党的な対立意識はあっても、本当の嫉妬というものは少いのである。作風がくい違っているから、本当の敗北意識というものがないのだ。

作家の作風とは、おそらく世界の切り取り方、価値観とその表現方法でしょうから、価値観の違う相手には本当の敗北意識を持つことはできないのだ、と私は解釈しました。

配球で勝負するタイプの投手が、豪速球が売りの投手に球速で負けたからといって、悔しがるでしょうか。

どちらが優れているか、ではなく、どちらも優れているのです。

多様な価値観が共存する現代の世界では、誰かに敗北した悔しさをバネに成長するということは難しいでしょう。

価値多様の世界に生きる私たちは、自分の成長モチベーションを自分の中から見つけ出さなければいけません。敗北という他者が関わるイベントでモチベーションを上げることは難しいのですから。

じゃあ、また。

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