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欧米では紙手帳が衰退。日本が遅れてる?

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こんにちは!フレッチです。

自分も先日ほぼ日手帳を買ったわけですが、連日のように売り場に立っていても手帳の好調な売れ行きを実感します。

クオバディスやレッツ、ファイロファクスなどの輸入手帳も人気です。

そんな日本の手帳事情を踏まえた上で。
実は欧米ではあまり紙の手帳は使われなくなっているらしいのです。

欧米では紙の手帳はほとんど使われないらしい | PlusDiary

私は、日本人が紙の手帳を使うのは、上の記事で言われているような日本が”遅れている”からではないと思います。

今や誰もがスマートフォンを持っていて、BYOD禁止だとしてもプライベートではデジタルスケジューラーを使えるはず。

それでも毎年のように新しい手帳が出て、飛ぶように売れる。

さらに、会社は関係のない学生や主婦にも、手帳は売れています。

これは、デジタルに対する無理解や保守的な態度とは別の要因があると思うのです。

今日はこの記事について考察してみます。

紙の手帳の長所

まずは定番の、紙の手帳のいいところから。

紙の手帳は自由!

紙はなんといっても自由です。

縦書きも横書きも、色もイラストも、なんでもOK。

切ったり貼ったり、そういう自由度がデジタルに比べて段違いです。

気分によって文字の色を変えたり、文字を大きくしたり小さくしたり、走り書きしたり丁寧に書いたり。

こういったことで、非言語な要素までも記録できるのは紙ならではです。

紙はまず消えない

デジタルツールは、そのサービスが提供されている間はいいですが、サービス終了がほぼそのまま、記録の消滅を意味します。

紙ならば、同じ手帳が廃盤になったとしても、それまでの記録まで消えてしまうわけではありません。

極端な話、記入した本人が死んでしまっても、手帳が残る限り記録は保存されます。

電源不要、記入開始までが速い

紙の手帳には、デジタルツールのように電源が必要ではありません。

電波が届かない場所でも、どんな時にでも使用できます。

クラシックのコンサートの最中でさえ、紙の手帳ならば使えるのです。

さらに、多機能なデバイスであればあるほど、スケジュールを記入し始めるまでにタイムラグが発生します。

紙の手帳ならば、開いてペンを持てば即記入開始です。

このように、いくつかの点ではまだまだデジタルの追随を許さない利便性が、紙の手帳にはあります。

デジタルスケジューラーは手帳の代替品ではない

デジタルスケジューラーは、手帳とはまた違った点で便利です。

私もGoogleカレンダーとその周辺アプリを活用していますし、デジタルスケジューラーを全否定するつもりはありません。

共有機能や高度な検索性は、紙の手帳では到底追いつけないほどデジタルに優位性があります。

また、スケジュールの修正などの管理も、デジタルの方がやりやすいです。

それでも、いやだからこそ、デジタルスケジューラーは紙の手帳を置き換えるものではなく、補完、共存するような”別物”なのだと思います。

デジタルスケジューラーはそもそも、紙の手帳を置き換える存在ではないのです。

手帳とITの融合であるデジタルスケジューラーは、手帳の延長線上には存在しないのです。まったく新しい、別の地平を作り出したと言っていいでしょう。

日本で紙の手帳がまだ多い理由は日本語にあるのでは

本題は欧米ではデジタル優位なのに日本では手帳がまだまだ優勢ということでした。

なので、なぜ日本だけなのか考えてみます。

日本では、当然ながら日本語が第一言語です。

アルファベット言語に比べて、漢字ひらがなカタカナ英数字を使う日本語は、同じ文字数の持つ情報量が格段に多いです。

“ランチはパスタ”の7文字を英語で書くと、簡略化しても”Ate spaghetti for lunch”と23文字必要です。

“会議”の2文字も、”meeting”と7文字に。

手帳の限られた紙面に情報を記載するには、日本語の省スペース性が有利です。

翻って、デジタルでの入力は、日本語は親指シフトやフリック入力であっても、変換の一手間が余計にかかります。

デジタルでの入力の速さは、アルファベット言語に分があります。

デジタルで入力するのが面倒で、少ない文字数で多くの情報量を持つ日本語を使うことが、日本でまだまだ紙の手帳が売れる理由の一つなのではないでしょうか。

紙の手帳が時代遅れってのはちょっと違うんでないの?

手帳とデジタルスケジューラーの利便性、そして日本語の特性から、日本でまだ紙の手帳が人気な理由を考えてみました。

こうして考えてみると、紙の手帳の人気はただ日本人が時代遅れなだけと言い切るのは難しいのでは。

もちろん急激な変化を嫌う民族性もあるのでしょうが、それ以上に日本語と手帳の相性が良いことが、真の理由である気がします。

日本の手帳市場は、まだしばらくはデジタルスケジューラーに駆逐されることはないと思います。

じゃあ、また。

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