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あえて不便を甘受すること

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文明的なものと離れて見えてくるもの

@kazumotoさんが、ソロキャンプをされているそうです。

ただいま富士山を見ながらソロキャンプしてます | Find the meaning of my life.

この記事を読んで、おもいだしたのは夏の富士登山。

風の音もしない中で、自分の呼吸や鼓動、筋肉や骨の軋み動く音が鮮明になり、身体感覚が研ぎ澄まされていくような感覚がありました。

自然の中で、文明から離れて活動することで、人間の中の動物に近い部分が整うのかも知れません。

手間がかかることで見えてくるもの

だいぶ話は飛びますが、我が家のフライパンは何のコーティングもされていない鉄のスキレットです。

私が一番よく使う筆記具は万年筆です。

どちらも、手入れを怠ればすぐに使い物にならなくなる、手間のかかる道具です。
この二つだけでなく、我が家には手間をかけないと使えないモノがいくつかあります。

正直、これらのメンテナンスは大変です。
しかも、メンテナンスフリーの製品はいくらでもあります。

それでも、手間のかかるものをわざわざ選んでいるのは、冒頭の”文明から離れて見えてくるもの”に通じる何かがあるように感じるからです。

不便や面倒は自分と向き合う時間?

例えば包丁を研ぐ時、私はシステマティックな研ぎ器を使っていますが、それでもかなり精神を集中させます。

万年筆にインクを入れる時も、スキレットを洗い油をひく時も、革靴を磨き上げる時も、その時手間をかけている対象に没頭しています。

そして、いつも不思議なのですが、そうやって集中して手間をかけたあとというのは、富士の静寂の中で覚えたような感覚、なぜかスッキリした気分で、落ち着いているのに感覚がクリアになっていることが多いんですよね。

まだうまく捉えることができないのですが、あえて不便を甘受することで、自分の内面を無意識のうちに深く見つめているのかもしれません。

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