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学生は不公平な評価方法による成績を甘受すべきか その2

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昨日の記事をFacebookにアップしたところ、様々な意見を頂いたので、もう一度問題点を整理しようと思います。

まず、こうやって騒いでる意義について。
この問題について騒いでも、私は何の得もしません。
というのも、採点対象の問題はひとつも解いていないわけで、何をしても数学の単位を取得することはできません。
私は落第という結果を問題にしたいわけではないのです。
私が言いたいのは、数学の担当教員が学生に対してフェアではないということです。
フェアな状況で評価されれば、その評価がどのようなものであっても納得できます。
逆に、アンフェアな状況で評価されれば、私個人としてはたとえ良い評価だったとしても納得できないのです。

なお、評価方法とその開示タイミングについての抗議は、試験答案だけではなく、講義終了後に教務課が実施する講義評価アンケートにおいて記入しています。

先の記事では、評価方法を問題として扱いましたが、これについて”評価方法やその対象は教員の自由ではないのか”という指摘がありました。
なるほど確かに、科目によって評価する対象はそれぞれ違うでしょうし、教員個人の状況によって評価方法も自由だと言えるかもしれません。
私個人としては、大学の講義における評価対象は原則として学生の理解度であると思っていますが、たしかにその測り方は自由でしょう。
試験やレポートによる評価というのはそれなりに客観的で王道の方法だというだけに過ぎないかもしれません。
ただ、評価方法や対象は各教員の自由だとすると、極端に言えば例えば次のような成績評価も許容されるべきだということになります。

  • 教員の信じる宗教を信じている者、入信した者以外は落第
  • 身長の高い順に成績
  • 教員の著作を購入しなければ落第、購入した数が多い順に成績
  • 扇風機の前に受講している学生の名札を積み、扇風機を回して遠くまで飛んだ順に成績

百歩譲って、このような評価方法も許容されるとしましょう。
しかしその場合、次のようにその評価方法を学生に開示する時期が問題になってきます。

問題は学生の自由を奪ったこと

私の通う大学では今年度の前期講義について、学事スケジュールの関係からなのか、講義開始前に履修登録を終了する必要がありました。
ただし、今年度の前期に限らず、講義を一度受講してから再考し、その講義の受講を中止することができるシステムとして、履修中止申請期間というものが用意されています。
この申請期間は講義開始から1ヶ月〜2ヶ月後に設定されています。
学生には、このようなシステムによって、講義内容や評価方法、教室の雰囲気など、実際に受講しなければわからない要素を考慮した上で履修中止を選ぶ権利が保証されています。
そして、この履修中止申請を行った講義の単位については、GPAの計算に含まれないことになっています。
学生に不利益を被らせず、講義を選択する自由が保証されるシステムになっています。
教員には評価方法や対象の自由があるのであれば、学生にはそれを受け入れるか否かを選択する自由があるということです。

さて、自分の履修しようとした講義の評価方法が、例えば先ほど挙げた扇風機方式だったとしましょう。
これが初回の講義で開示されれば、面白いと思う学生は残り、納得出来ないと思う学生は履修中止を申請すればいいわけです。
履修登録のシステムとして、学生にその自由が与えられています。

しかし、これが最終回の講義で開示されたとしたらどうでしょう。
すでに履修中止申請期間は終了し、納得出来ないと思う学生もその評価方法を受け入れざるを得ない状況になっているわけです。
その評価方法による評価を受け入れるか否かを選択する自由が無いのです。

百歩譲ってどのような評価方法をしても構いませんが、それならば具体的な評価方法は学生が履修中止申請を行える期間までに明確にすることが、最低条件ではないでしょうか。

たとえば中学高校のようにどの教科も定期試験で成績を評価することが原則で、それ以外の評価方法はまず考えられない場合、各教員が成績評価についての情報をわざわざ開示する必要はありませんし、時期も問題にはなりません。
これは、評価される側が評価方法を受け入れざるを得ないのと同時に、評価する側も評価方法を自由に設定できないからです。

しかし大学では教員側に評価方法の選択の自由があります。
ということは、その情報をきちんと評価される側である学生に明確に開示し、それを拒否する権利を与えなければならないというのは、自然なことだと思います。

今回、数学の初回講義において教員は、成績評価について以下のように言及しました。
「レポートもしくは試験を実施し、講義内演習への参加度を加味して評価する予定でいるが、具体的には未定である」
問題なのは、演習への参加度、つまり平常点の配点と、成績素点に対する割合が明確にされなかったことです。

結果、最終回講義において、平常点100%ということが判明しました。

平常点100%+試験の点数で評価ということを、事前に明確にしなかったことについて、何かしらの狙いがあったのでは?という事も考えられますが、合理的に考えてもメリットが思いつきません。
たとえば点数狙いの挙手を減らしたいという狙いがあったのだとすれば、挙手は評価に入れず試験だけで評価すればいいだけの話ですし、点数狙いでやる気を出してはいけないというのもいまいち理解できません(私はそういうあざといことは好きではないですが排除すべきだとは思いません)。

ちょっと長くなりそうなので続きます。

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