シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

エポケーという選択 ―アキラメルということ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

珍しく、というか、初めてかも知れませんが、ちょっと真面目に最近考えたことを一気に殴り書き。

“エポケー”という言葉をご存知でしょうか。

哲学用語で、特に懐疑論で使われる言葉で、「判断停止、中断、保留」を意味します。

この一ヶ月と少し、私たちは本当に様々な、途方もない量の情報に晒されてきました。
命とか、家族とか、ふるさととか、人生とか、そういうことを、今まで考えたことがない人も、否が応でも考えざるを得ない状態だったのではないでしょうか。

日本、特に東日本に住む人々は、おそらく3.11を境に今までとはまったく違う価値観を持つことになったと思います。

私も、主にツイッターで流れてくる沢山の情報に溺れかけるほどに、今まで以上に様々な思考を巡らせ、一つ一つをとても真剣に考えていました。

この状況で、自分にできることはなにか。
被災地の為に、この先の日本のために、自分の為に、大切な人たちの為に、自分はどう考え、行動すればいいのか。
一ヶ月間、それを考えなかった日はありません。いや、もしかしたら一瞬たりとも考えていなかったことはないかも知れない。

さらには未だ厳しい状況を脱していない福島第一原発。
放射能汚染の恐怖、電力不足、イデオロギーの対立、脱原発後のエネルギー構造。
扇動としか思えない報道や、ジャーナリズムのあり方について。

本を読む暇も無いくらいに、常に頭はフル回転で考えていたように思います。

そして出した結論が、”エポケー”でした。

結論とは言えないかも知れませんが、正直に言えば、考えることに疲れてしまったのです。

何が正しいとか、善いとか、そんなことはいくら考えたってわからない。
答えのでない問を続けられるほど、少なくとも私はリソースを持っていません。
それは時間だったり、金銭だったり、精神力や脳の思考力という意味でも。

確かに不安はありますし、人並みに憤ったり、感動したりします。
でもね、考えていたって仕方ないんですよ。
地震も、原発事故も、もうすでに起きてしまったのだから。

だからそれらについて考えることは一旦やめようと決断したのです。
少なくとも、結論を求めることはしない、と。

今は、目の前で起こっている現実に対して出来ることを、粛々と、淡々とやっていくしかないと。

“なるようになる”という言葉がありますが、裏をかえせば”なるようにしかならない”のであって、それをどうこうしようと考えても仕方ないんじゃないかと思い始めました。

起きてしまったことは”しょうがない”。
それに関して、ああすればとかこうだったらとか、間違ってるとか善い悪いとか、そんなこと考えてたって始まらないんじゃないか。
考えるべきは”じゃあ、これからどうするか”ではないのか。

そう思ったのです。

五木寛之さんの著書に、”あきらめる”とは”あきらかに究める”ことだという一節があります。
あきらかに究めるとはどういう事か。
それは、勝手な解釈ですが、”なるようにしかならない”という現実を受け入れることではないでしょうか。

何が起きているのか、ただ現実に起きている事象だけを、しっかりと刮目して見極める。
そしてそれを受け入れ、自分の為すべきことを粛々と為す。

未来は思考の先にあるのではなく、行動の先に見えてくるものです。

行動できる範囲で、地道に現実に対処していくしか道は無いのではないでしょうか。
そのためには、いつまでも考え続けるのではなく、現実は現実として対処していく姿勢が大事なのではないかと思うのです。

ここからちょっと余計な話。

この震災とその後の原発事故で一番堪えたのは、人々の、特に首都圏民の諦めの悪さです。
不安なのはわかりますが、乱暴に言えば、みんなどうせいつか死ぬんです。
それなのに、”まあ、その時はその時だ”と思えない、その諦めの悪さが、地震よりも原発よりも私にとっては恐怖でした。
東北の方々には申し訳ないですが、3.11の直接の被災地が首都圏でなくてよかったと、本気で思いました。

“ま、どうせいつか死ぬんだし”と何故思えないのか。
自分だけは永遠に生き続けるとでも思っているんでしょうか。
別に地震じゃなくても、明日自動車にはねられるかも知れない。暴漢に襲われるかも知れない。風呂場で転んで頭を打つかも知れない。心臓発作で倒れるかも知れない。
統計的にはそれらの方が地震や津波、原発事故よりも危険でしょう。

別にね、みんないつか死ぬんだから享楽的に生きようと言ってるわけじゃない。
もっと冷静に、人間だって自然の生き物だってことを受け入れようと言いたい。
いつか終える自分の命に執着したって仕方ないでしょう。
脈々と続く未来の命のために、目の前の現実に対して何が出来るのか。それが大切な事じゃないんですかね。

スポンサーリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサードリンク