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モレスキンのブランド志向について独断と偏見による意見を述べてみる

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実は少し前から、モレスキンの販路が変更されています。

代理店から、問屋を通さず直接流通というかたちになっています。

問題は、納品時の送料。
下代で2万円以上の注文でないと、たとえ客注品でも一回あたり1,000円の送料がかかるとか。
上代でも1,890円のノートを注文するのに、1,000円の送料って何ですか。
これじゃ客注とりにくいですよ。

これでは、そもそもモレスキンをあまり置いていない文房具店などは採算が取れなくなり、モレスキンの取り扱いを中止せざるを得なくなるのではないでしょうか。

ここからは、この問題について、私の独断と偏見によって、至極個人的な主張を書かせていただきます。
続きは読者の皆様の自己責任に於いて読んでください。

この代理店の行動は、なんとなく、いやあからさまに、リシュモングループに吸収されたモンブランを想起させます。

一昨年、非常に酷い品質劣化でユーザーの多くを失ったモレスキンですが、昨年は品質も改善され、モレ本の影響もあって大ブレイク。
しかし、売れたからといって、すぐに自身をブランド化するようなこの施策には疑問を覚えずにいられません。

そもそもモレスキンは、魔法のノートでも伝説のノートでもありません。ただの、本当にただのノートです。
だからこそ、ユーザーはそこに無限の自由を見出し、モレスキンに惚れ込むのではないでしょうか。

“MOLESKINE”の名前は、ユーザーにとって自由を象徴するものであり、決してブランドなんかではないと思います。

たしかに、昨年モレスキンが獲得した新規ユーザーの中には、モレスキンを神格化する人も多いように感じます。
しかしそれはメーカーと代理店が仕掛けたプロモーションによるものであり、モレスキン自体の本質に迫る物ではないというのが私の考えです。

モレスキンは装飾品ではありません。
モレスキンはステータスではありません。
モレスキンはブランドではありません。

むしろその本質は、ブランドとは対極にあるものではないでしょうか。

正直、失望しました。

自分たちが扱っている商品の本質や、ユーザーがどんな思いを抱いて自分たちの商品を使ってくれているのかを知ろうとせず、爆発的な普及の意味をネームバリューの拡大としか捉えられない企業に、今後もユーザーを繋ぎ止めておくことなど出来るでしょうか。

このニュースを聞いた私の一番の懸念は、販路変更による取り扱い店舗の減少で、モレスキンが使われなくなることです。

我々ユーザーの希望は、いつの日かどんな書店や文房具店に行っても、必ず定番商品としてモレスキンが陳列されるようになることではないでしょうか。
いつでもどこでも、常に同じフォーマットのノートが手に入る。
だからこそ、安心して使い倒すことができるのではないですか?

今回の代理店の決定は、そんなユーザーの望みとは逆行しているようにしか思えません。

取り扱い店はできる限り流通に影響を出さぬよう、またさらなる普及に向けて努力されていることとは思いますが、それをよそにモレスキン社はノート以外にも手を広げましたね。

モンブランのように迷走しなければ良いのですが。

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